杜の樹神

よくやった!イチロー

 最後の試合が終わり試合が終了となったあとも、拍手とイチロー・コールが鳴りやみませんでした。野球ファンを魅了し続けたイチローとの別れは本当に名残惜しかったようです。 彼の事はたびたびメディアでお目にかかっていたのでそれなりに人柄まで身近のこととして、我々の心に焼き付いています。 通常大リーグといえば、米合衆国をアメリカたらしめている、アメリカ文明の。象徴の本丸です。 世界中どの時代でもどこでも、能力的には徹底的な差異があるわけはないのですが、そのわずか能力の違いを競わせて、勝敗を決めて一位のものだけが社会の賞讃と富が集まるようにする…それがアメリカの文化です。大リーグではホームラン王かベストピッチャーだけが脚光を浴びるような世界です。 その文化がイチローのおかげで少しずつ変わり始めたそうです。イチローの地道なうまずたゆまずの真摯な練習にいそしんでいる姿が仲間たちの心の琴線に触れたようです。大リーガー達の野球に対する精神のありようが変わったとアメリカのメディアまでも報道してくれました。 彼が報道されるたびに思い出されるのは「一所懸命」という言葉です。臨済宗では「どこにいてもそこで本物になっていれば、真実の世界になる」と説いてきました。

年号は「令和」です

 年号が「平成」と発表された折は、多くの人たちが違和感を感じていたようです。天皇崩御の直後だったせいもあるかと思います。 今回の「令和」という年号は、いまからその年号で生涯をおくることになる若い人たちに喜んで迎えられたようです。メディアでも若い人たちを中心に笑顔の映像が並んでおりました 日本で作られた書籍から年号が作り出されるかもしれないと報道があった時、選者たちは朱子学的な権威主義の人たちであろうことだから権威主義的に日本書紀か古事記から文言が選ばれるかと思いましたが、万葉集からだったとは小さな驚きでした。そして嬉しくなりました。 確かに万葉集を編集した人たちは当時の超エリートのはずですから漢籍のエキスパートでもあったわけです。その漢籍の素養が編集に影響があったことは当たり前です。 フェニキアのアルファベットとギリシア・ラテン語の言葉が語源となって現代のヨーロッパの文化が出来上がっておりますが、かといって現代のフランスやドイツや英米がギリシアやフェニキアの属国とは思っていません。 多くの文化圏では、その文化の精粋をきわめているのはその社会の上流権力者の独占物であることが多いのですが、万葉集もそして爛熟した江戸の文化も庶民が大きな役割を持っていました。 万葉集には天皇貴族と並んで防人として送られた庶民兵士や農民の歌が載せられています。漢字を使うことはあっても、万葉集は日本の文化その...

東洋の心

 現在、米国をはじめとして、精神医療の一方便としてマインド・フルネスという瞑想が関心をあつめています。いろいろなバリエーションで世間に紹介されていますが、根底にあるのは、呼吸に意識を集中する精神統一法です。アメリカ合衆国では公的機関が薬を使わない治療法として公認しました。呼吸に意識を集中するこのやり方は座禅瞑想法が根幹となっています。心の病は、我々の心身に自然に備わってる回復力に任せた方がよいということです。欧米の分析上手の学者達が心の誠(まこと)に行き着いたのは二十一世紀の現代です。 ところが古代のインド文化圏と中華文明圏の双方に座禅瞑想して大成された人々が現れていました。老子・荘子と釈尊です。 老子は、「これが真理であるといえるような真理は、本当の真理ではない」という名言を残しました。世の中にこれこそが真理だと大騒ぎする人たちがいるがそこには真理はない。ということなのでしょう。かつて日本は皇国史観を創り上げ、目標としての愛国主義を真理として敗戦への道を進みました。ヒットラーに従ったかつてのドイツ国民はアーリア人種を優先することが真理だと信じてやってはならない大虐殺を侵してしまいました。 釈尊は、すでにインドでは発達進化していた瞑想法を先輩のバラモンから学んでいました。最終的には菩提樹の下で座禅瞑想をし大悟徹底されました。老子・荘子の道教では導引術という瞑想法を編みだしました。両...

3月 春彼岸

 今から半世紀ほど前、日本や欧米先進国では、学生運動が盛んでした。古い伝統的な価値観に対する若者の抵抗反乱です。 日本の学生は、私もそうでしたが、伝統的価値観やマルクス主義価値観のはざまにあって解決を見いだせずに暗中模索を続けていました。 ちょうどこのころです。構造主義という言葉が我々の目の前に救い主のように現れました。 この構造主義という文化の観察方法の中心にいたのが人類学者レヴィーストロースです。 彼は、日本を訪れて、大都会だけでなく、地方の小さな村落にも足を運び、その社会の隅々まで詳細に観察して廻りました。 近代化が進むにしたがって、、科学技術の進化と共に、諸々の精神文化生活が忘れ去られてゆく、欧米の現状を憂いていたこの学者は冒頭の文章を世に著しました。 先進技術に伝統のワザを巧みに取り入れより質の高いものを創り上げる力を持ち、伝統的な精神文化がナマのかたちで生き生きしている日本の社会に、驚きと羨望を、そして憧憬の念さえ感じていたかと思われます。 明治二十九年、愛知県に生まれ、国民教育者の師父と謳われた森信三は、九十七歳で亡くなる前に、日本の将来を次のように言いました。 「2010年から2015年まではどん底だが、2015年に日本は立ち上がる兆しが見えるであろう。2050年になったら列国は、日本の底力を認めざるを得ないであろう。 日本には世界のリーダーたるべき資格がある。現状...

♪坊や良い子だ寝んねしな……♪

 この曲を聴いて心休まる思いをする人は多いと思います。常田富士男さんと市川悦子さんが続いて亡くなりました。お二人は記録的な長寿番組『まんが日本昔物語』で声の出演を続けていました。ほんとに名コンビでしたね。幼い子供から年寄りまで男女ともども、たったふたりで、あれだけ多くの人物を演じ続けました。二人のささやくような声が耳の奥底に残っているような気がするのは私だけではないと思います。 近年日本には、大災害が続きました。災害が起きるたびに、日本人社会の倫理性の高さが賞讃されることが多いようです。 世界中どこでも何か災害が起き、支援物資が届くと、暴力交じりの奪い合いどころか、商店街の店々の品々が強奪されているという報道がつきものですが、日本での災害の報道では、暴力沙汰が画像に出ることがないばかりか、援助物資が届く折には、手渡されるのを、列を作って整然と並んで待っている映像が、世界中に放映されています。日本人の倫理の高さが世界で賞讃されています。 この日本人の身についた高い倫理性はどうやって出来上がったのでしょうか?一朝一夕で培われる訳はありません。 我々ご先祖様は、氷河時代に陸続きであった日本列島に、食料の大型草食獣を追いかけて大陸から渉(わた)ってきました。 到着後暫くたって、地球温暖化がはじまり海面が下がり列島は大陸から離れて御先祖様達はこの列島に閉じ込められてしまいました。閉じ込められ...

地天泰

 地天泰は周易六十四卦あるうちの最高の大吉の卦です。平和安泰を意味します。 わが国の周辺を見回すと、友好的で安定した国々に囲まれているわけではないようです。 ロシアは、武装解除した素手の北方四島に武力侵略をして、豊かな漁業資源に恵まれた島々を強奪して勝戦国の戦利品として返却しようとはしません。 中国は国家社会主義(ナチズム)を標榜している十億人の人口を有し、南シナ海に軍事基地を新設増強し、日本固有の領海に度々侵略を繰り返している覇権国家です。 半島北の先軍国家は日本を海底に沈めるのだと公言しています。南の国家には、未来志向を口にしながら、日本の過去の過ちをネタに度々ユスリ・タカリを仕掛けてくる国家です。 侵略覇権的なスターリンや毛沢東のの脅威を強力な楯で米国が保護していてくれていたけれどその防衛の編みにもほころびが見え始めました。 こんな環境や条件で、平和安泰の卦が出てきました。この卦の第一爻(こう)が安泰への道を示しています。仲間と手を携えて進めば恙無いとあります。 仲間とは、反日教育をしていない国で、言論の自由があり、日本の技術文化を喜んで迎えてくれる国です。

山川草木悉皆有仏性

 「人間だけが特別の存在ではない。草や木も生きとし生けるものはすべて平等で、仏性があり、成仏している」 この教えは、日本天台宗の根本教義のひとつで平等思想です。 しかしこの、山や森に仏が宿るという素朴な多神教的考え方は、遥か昔の縄文時代の宗教観でした。森とともに生きていた縄文人にとっては、人知の及ばない自然こそが神であり、森の中に多くの神々をうみだし、大切に崇めました。 仏教は天平・飛鳥時代に半島経由で、高度な文明と共に日本に入ってきました。権力や人が集まる平地に都ができ、そこに大寺院が次々と建立されました。このときの仏教は、かぎられた人間や経典・教義が中心で、鎮護国家の宗教でした。 その後、大陸での留学から帰還した最澄と空海によって仏教改革が行われ、ここに日本仏教が誕生しました。最澄は比叡山で日本天台宗を、空海は高野山で真言宗をひらきました。 双方ともに、巷の喧騒を避け、自然の中に基盤を置き、八百万の神々を尊崇する神道を、敵視することなく平和的に融合させました。この神仏習合の考え方は、深く広く日本人の宗教観に根付きました。 空海は「森は天上の世界よりも美しい」と言い切っています。森は、いま目の前にある現実です。生きとし生けるものの命の輝きです。そして天上の世界はというと人間が考えだした創造の世界に過ぎません。

正義と悪 過ぎたるは猶及ばざるが如し

正義と悪 旧約聖書が世に出されて以来、一神教の世界では世界の創造者である唯一の神が正義とされそれに従うことが正しいことだとされてきました。この旧約聖書からユダヤ教徒・キリスト教徒・イスラム教徒が生まれました。 明治維新から150年。19世紀までの世界は、白人キリスト教列強国が支配していた時期です。 清を主軸とした儒教朱子学国家観の影響下にあって平和で安定な社会でまどろんでいた東アジアからいち早く、日本は産業革命を成し遂げつつあった欧米の文化を取り入れることに専念しました、維新後の日本は、欧米列国の、国家体制を着実に取り入れて愛国主義の国家となりました。 生真面目な日本人は愛国主義を発展させて排他的な超国家主義の帝国を創り上げました。愛国を標榜することが大切な正義となり熱意をもたない輩は非国民とレッテルを張られて、悪とみなされました。 正義の道をまっしぐらに進んだゆえの結果が、敗戦でした。原爆も落とされ全都市が焼け野原となり、夜の街には鬼畜であった米兵を相手に生活の糧(かて)を得るため身をひさがなければならない、女性があふれていました。 愛国主義という正義を一生懸命実行したら亡国という悲劇となったわけです。過ぎたるは猶及ばざるが如し 誠に東洋の哲人は良い格言を遺してくれました。この格言は現代にもあてはまります。 いま日本は日本の宝を鵜の目鷹の目で狙っている国々に囲まれております。 戦...

杜の樹神(もりのこだま)9月号~人類一番最初の落書き

人類一番最初の落書き 地中海沿岸で人類最初の最初の都市社会を築いたシュメール人が、楔形文字も発明し、当時の社会の実像を文章で残してくれました。 おもしろいことに落書きも残してくれました。楽しいことは食べてお酒を飲むこと。嫌なことは戦に狩り出されること。 学校の夏休みが始まって、子供たちが家々で宿題のことが気にかかり始めるころ、テレビといいラジオといいドキュメント関連の番組は、戦争関連の番組一色に埋め尽くされます。 学生運動にかかわりを持っていた私にとっては、国家や戦争を取り扱った番組はどうしても耳や目に飛び込んでくるので、この何年間はたっぷりとこの系統の番組はいくつも脳裏に刻み込まれることになりました。 おかげで戦後教育で育った戦無派の私の頭の中は戦争のことで頭がいっぱいになりました。大半のドキュメントは、戦争の苦しい思い出や悲惨な出来事が骨子となっていて、やはり戦争は起こってほしくないことだと思います。 落書きを書いたシュメール時代から庶民は戦争は嫌いなようです。 なぜ民主主義が大切かというと、一般民衆はどこの国でもそうですが、本来戦争が嫌いです。最大多数の最大幸福が民主主義の根幹であるのだから、世界の平和を望むのなら自由な討論が行われ、為政者が一般の大衆の直接選挙で選ばれる民主主義が、独裁主義や全体主義の国家より望ましいことは当たり前です。 聖戦・聖戦 お国のための忠義……等々...

杜の樹神(もりのこだま)8月号~アブナイアブナイ世界の平和

アブナイアブナイ世界の平和釈尊の言葉……「世間は揺れ動いている」 大悟徹底された釈尊が見た世の中は、、静寂な平安の世界ではなく人々の思惑が絡み合って揺れ動いているように見えました。 山の中の御寺にも、TVの電波は届きます。世界は確かに揺れ動いているようです。 冷戦の時代は西と東に世界が割れていて、それなりに境界がはっきりしていて。均衡しながら安定していました。ベルリンの壁が崩壊したあとは、最強のアメリカが自由と民主主義を守る最強国として、平和や経済秩序を支えてくれるとして期待されていましたが、今まで秩序や平和を先頭にたってリードしていたそのアメリカが、その秩序を自ら壊し始めました。 世界が根底から揺らぎ始めたようです。 ロシアは対立しているEUの一角のグルジアやウクライナに世界最強の陸軍を送り込みました。戦乱はまだ収まっておりません。 東欧諸国からはロシアの脅威を感じ始めた各国が徴兵制を復活し始めました。 社会国家主義(ナチズム)を国是としている最強ではないが最大の人民抑圧軍を保有する国家が、米国の後釜を狙って豊富な資金にものを言わせて軍拡を推し進めており、日本固有の領土尖閣諸島に食指を動かしております。 半島の北側から日本を襲撃できるミサイルが実験のためとは言いながらどんどん打ち上げられている、折も折、日本のメディアは、スケーターの少女の引退騒ぎで大騒ぎでした。 日本も本当にアブ...

杜の樹神(もりのこだま)7月号~佛教そして民主主義

教団の始まり 仏教の始まりは古代インドの小国カピラ国の王子シッダールルタが出家僧となって、修業の最後に大悟徹底されて、仏陀(悟った人となり)修行仲間に説法をし、従う人たちを仲間にして僧伽(さんが)がつくられ、教団が誕生しました。 現在のインドのカーストというという厳しい身分制度を見てわかるように、生まれながらの身分や乗り越え難い格差は古代インドにも厳然としてありました。 当時のインドではバラモン(僧侶)・クシャトリア(王侯貴族)ヴァイシャ(庶民)スードラ(どれい)という階層別の身分制度というものがあってその隔壁の壁は厚かったようです。 釈尊が、深い禅定の後に悟られたのは、俗世間のなかにある格差や差別は単に表面的なものであって、本質的なものではないということを確認徹底されたものと思われます。 人々がみてくれや身分の別はあっても本来はそのような形で差別されるものではなく、本質的には平等な存在であるということを悟られたようです。かといって、人権を尊重した平等な社会を当時の俗世間に創り上げることは、余計な摩擦を創り上げることとなります。 釈尊が人々に主として説いていたのは心の安心(あんじん)です。余計な摩擦が起きれば目指していることから外れてしまいます。 古代のインドでは、釈尊がそうであったように出家の制度が確立していました。かつての修行仲間を中心に、安心を求める人たちが釈尊のもとに集まる...