歴史

   江岩寺は霊山大山の中腹にあります

    かつて、大山には『大山三千坊』とも『西の比叡山、東の大山寺』とも称せられた
   『幻の大山寺伝説』がありました。


    この伝承に過ぎなかった大山寺は、昭和2年、山中で偶然に発見された一枚の瓦によって
   悠久の眠りから覚めることとなります。

    数回にわたる発掘調査の結果、大山の寺は、7世紀末・白鳳時代の創建であり、盛衰を繰
   り返しながら中世期末・室町時代までの約900年間の長期にわたって大規模な伽藍を存続さ
   れた希有な山岳寺院であったことが立証されました。


年 表

飛鳥時代  6世紀から7世紀 (672年 壬申の乱) 

                  - 大山の寺 創建
                 発掘調査で白鳳期の布目瓦が大量に出てきたことから
                 最初に建立された大山寺は壬申の乱後の7世紀末と考えられる。

奈良時代  8世紀      ‐大山寺廃絶

平安時代  9世紀から12世紀 ‐1113年 大山峰 正福寺 建立
                 天台宗、玄海上人が衰退していた大山寺を再興、尾張地方屈指の
                 天台寺院となる。
                 『大山三千坊』とも『西の比叡山、東の大山寺』とも称せられた。

                ‐1152年 2代玄法上人の時、比叡山僧兵による正福寺焼討事件がおき
                 正福寺炎上。

                ‐1155年 正福寺炎上で上人と共に非業の死を遂げた二人の稚児僧の霊
                 を鎮める為、兒権現社(現在の兒神社)を建立。

鎌倉時代  12世紀から14世紀  正福寺は、焼討ち後、ほどなくして復興する。
                 寺院の規模は、焼討ちされる前より更に大きくなる。
室町時代  14世紀から16世紀

安土桃山時代      16世紀  この時期には衰退。

                ‐1571年 信長の天台寺院弾圧を恐れ、この時に寺を守っていた僧侶秋岩恵
                 江師は、天台宗から臨済宗妙心寺派に転宗し江岩寺として今にいたる。



1928年(昭和3年) - 発掘調査。塔の礎石や瓦片などが見つかる。

1929年(昭和4年)12月17日 - 国の史蹟に指定

1974年(昭和49年)~1978年(昭和53年) - 小牧市による本格調査。

                     児神社で正福寺の平安時代と中世の建物跡が見つかる。

                     これに合わせて史跡の範囲が拡大される。