杜の樹神(もりのこだま)6月号~民主主義

 戦中戦後に日本で生を受けた人々は小学校に入学したときから、民主主義教育の洗礼を受けて育ってきたといえましょう。

 民主主義とは、最大多数の最大幸福を実現するための政治形態といえましょうか。

 戦後の世界は、白人キリスト教徒の世界観が支配的な役割を演じていましたから、敗戦国日本でも、民主主義は米国の独立戦争とフランスの革命によって、市民が権力を担うことになったことによって始まったと了解してきました。

大衆が集まって、権力者を決めるということなら古代の中近東に前例があります。

 紀元前千年の頃のこと。ユダヤ人の社会はペリシテ人など王権を持った強力な国に囲まれて、圧迫されていました。そこでユダヤの十二の部族の大衆が集まってサウルという武人を選び出して王と定め強力な権力を与えて王国を築き、続くダビデ・ソロモン王の時代には繁栄を極めました。大衆が権力者を決めたというのは確かに画期的なことでしたが、行政は王権を持ったものが行いました。がしかし、大衆が直接に政治に携わったのではありません。


 では日本ではどうでしょうか?

戦国さなかの加賀の国のことです。侍たちの勢力争いの戦ごっこに、田畑を荒らされ、強奪されたり、暴力の被害を受けたりで、農民百姓や国人と呼ばれた人たちが困窮していました。

 窮状に耐えかねていた人々は一向宗(浄土真宗)の僧侶たちの四民平等の仏教思想に共感して、クワやナタやスキを武器として一揆反乱を起こして、領主に連なる支配階層を追い出して、百年も続いた共和自治体制の社会を作り出していました。

 米国の南北戦争が、千八百六十四年ゲティスバーグで終わり、リンカーンが宣言した 『人民の人民による人民のための政治』はすでに日本でも十五世紀には加賀の国で実現してしていたわけです。

 世界の潮流は、おおむね民主主義を是とする方向に向かってはいますが、戦前のドイツのナチズム(社会国家主義)が民主的なワイマール憲法の選挙制度から生まれてきたことを考えると、大衆はもっと理性的に賢くあらねばならないようです。

 世界第一の人口大国が社会国家主義(ナチズム)を標榜したり、冷戦後で衰退した一方の軍事大国が、良心的なジャーナリストを次から次へと暗殺したり、健全であると思われた西ヨーロッパで排他的な愛国主義が台頭しつつあるのは何とも不気味な感じがします。

洞雲山 江岩寺(臨済宗妙心寺派)

江岩寺は、愛知県小牧市北東部丘陵地帯の大山区に位置しており、緑豊かな自然環境のなか小牧市最高峰、標高約300mの天川山を背景にして静かに佇む山寺です。 山の中腹に大山寺塔跡、兒神社(ちごじんじゃ)不動堂、 そしていくつかの古墳、麓に江岩寺と薬師堂があり、 これらが連なる開析谷一帯は国の史蹟に指定されています。