♪坊や良い子だ寝んねしな……♪

 この曲を聴いて心休まる思いをする人は多いと思います。常田富士男さんと市川悦子さんが続いて亡くなりました。お二人は記録的な長寿番組『まんが日本昔物語』で声の出演を続けていました。ほんとに名コンビでしたね。幼い子供から年寄りまで男女ともども、たったふたりで、あれだけ多くの人物を演じ続けました。二人のささやくような声が耳の奥底に残っているような気がするのは私だけではないと思います。

 近年日本には、大災害が続きました。災害が起きるたびに、日本人社会の倫理性の高さが賞讃されることが多いようです。

 世界中どこでも何か災害が起き、支援物資が届くと、暴力交じりの奪い合いどころか、商店街の店々の品々が強奪されているという報道がつきものですが、日本での災害の報道では、暴力沙汰が画像に出ることがないばかりか、援助物資が届く折には、手渡されるのを、列を作って整然と並んで待っている映像が、世界中に放映されています。日本人の倫理の高さが世界で賞讃されています。

 この日本人の身についた高い倫理性はどうやって出来上がったのでしょうか?一朝一夕で培われる訳はありません。

我々ご先祖様は、氷河時代に陸続きであった日本列島に、食料の大型草食獣を追いかけて大陸から渉(わた)ってきました。

 到着後暫くたって、地球温暖化がはじまり海面が下がり列島は大陸から離れて御先祖様達はこの列島に閉じ込められてしまいました。閉じ込められ孤立すること数万年にも及びました。他民族と接することなく、親潮と黒潮に挟まれた、温帯モンスーンの恵まれた、この時代に縄文文化がかもしだされました。

 他の文明からの刺激もなく、長い間四季の折々のの移り変わりだけが、目に見える変化・変動だったので、日本民族の精神土壌のなかに、大自然との一体感がしっかりと根付きました。

 変化に富んだ大自然と和する心は、のちに稲作文化を運んできた半島や大陸からの難民として渡来してきた弥生人とも比較的小規模で短期化間の争いはあったもののほどなく融合することができたし、又高い文字文化が入り込んできた後の最初の一声が[和を以て貴しと為す」でした。

江戸時代後半の頃。日本全国のあちらこちらの御寺で説教のタネ本として坊さんたちに使いこなされた本があります。[菜根譚」という書物です。道教・儒教・仏教という宗派色のない、明の洪自誠という人が著した人生訓の随筆集です。中国や朝鮮にはさほど定着しなかったようですが、日本の寺々で読み込まれて、説教のお手本として重用されました。そのエッセンスが日本人の心に深く根付きました。 

 以上のことなどの上に、全国各地の地域地域の小さな社会で一つ一つの寺と神社を守ってきた人の繋がりが高い倫理性を培ってきたのでしょう。

 常田富士男さん・市川悦子さん冥福を心より祈ります。お二人は我々の心を育みました。

洞雲山 江岩寺(臨済宗妙心寺派)

江岩寺は、愛知県小牧市北東部丘陵地帯の大山区に位置しており、緑豊かな自然環境のなか小牧市最高峰、標高約300mの天川山を背景にして静かに佇む山寺です。 山の中腹に大山寺塔跡、兒神社(ちごじんじゃ)不動堂、 そしていくつかの古墳、麓に江岩寺と薬師堂があり、 これらが連なる開析谷一帯は国の史蹟に指定されています。