東洋の心

 現在、米国をはじめとして、精神医療の一方便としてマインド・フルネスという瞑想が関心をあつめています。いろいろなバリエーションで世間に紹介されていますが、根底にあるのは、呼吸に意識を集中する精神統一法です。アメリカ合衆国では公的機関が薬を使わない治療法として公認しました。呼吸に意識を集中するこのやり方は座禅瞑想法が根幹となっています。心の病は、我々の心身に自然に備わってる回復力に任せた方がよいということです。欧米の分析上手の学者達が心の誠(まこと)に行き着いたのは二十一世紀の現代です。

 ところが古代のインド文化圏と中華文明圏の双方に座禅瞑想して大成された人々が現れていました。老子・荘子と釈尊です。

 老子は、「これが真理であるといえるような真理は、本当の真理ではない」という名言を残しました。世の中にこれこそが真理だと大騒ぎする人たちがいるがそこには真理はない。ということなのでしょう。かつて日本は皇国史観を創り上げ、目標としての愛国主義を真理として敗戦への道を進みました。ヒットラーに従ったかつてのドイツ国民はアーリア人種を優先することが真理だと信じてやってはならない大虐殺を侵してしまいました。

 釈尊は、すでにインドでは発達進化していた瞑想法を先輩のバラモンから学んでいました。最終的には菩提樹の下で座禅瞑想をし大悟徹底されました。老子・荘子の道教では導引術という瞑想法を編みだしました。両者とも、呼吸を中心に据えて意識を集中し瞑想をも瞑想を続けていると我見やエゴに縛られない、より良い心の状態が得られると人々に説いています。現代欧米の学者たちが、ようやく現在になって辿りつき始めた、マインドフルネス療法と全く同じことが、古代の東洋で行われていたということです。

 欧米先進国の学者たちが深層心理のことに言及を始めたのは近代になってからですが、イエスキリストが古代地中海の東海岸で旧来の一神教徒たちと正邪をめぐって論争を始めていたたころ、インド西北部で座禅を続けていた修行者たちは、我々の通常の意識の底には深い心の層があることを発見して、阿頼耶識・末那識と名称までつけていました。これは紛れもなく、現代の心理分析学者が言うところの深層心理のことです。

 ローマ帝国で一神教が国教となって以来唯一絶対の神が正義である限り,邪悪よりは正義ということで一神教(新潮ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)が「地球上最大の教え」となりましたが、”唯一絶対の神を絶対の真理と確信しているユダヤ教・キリスト教・イスラム教の信者同志がエルサレムをめぐって相手を不倶戴天の大敵とみなして 終わりがみえない際限なき戦いを繰り返しているのを見ると、老子が言っていた言葉が、金字塔のように浮かび上がってきます。

 仏教は中道を説いています。儒教の孔子は中庸を説きました。

 主義や主張にこだわっていると聖戦(ジハード)の応酬がはじまり、出口のみえない迷路に入ってしまいます。平和は訪れません。

洞雲山 江岩寺(臨済宗妙心寺派)

江岩寺は、愛知県小牧市北東部丘陵地帯の大山区に位置しており、緑豊かな自然環境のなか小牧市最高峰、標高約300mの天川山を背景にして静かに佇む山寺です。 山の中腹に大山寺塔跡、兒神社(ちごじんじゃ)不動堂、 そしていくつかの古墳、麓に江岩寺と薬師堂があり、 これらが連なる開析谷一帯は国の史蹟に指定されています。