年号は「令和」です

 年号が「平成」と発表された折は、多くの人たちが違和感を感じていたようです。天皇崩御の直後だったせいもあるかと思います。

 今回の「令和」という年号は、いまからその年号で生涯をおくることになる若い人たちに喜んで迎えられたようです。メディアでも若い人たちを中心に笑顔の映像が並んでおりました

 日本で作られた書籍から年号が作り出されるかもしれないと報道があった時、選者たちは朱子学的な権威主義の人たちであろうことだから権威主義的に日本書紀か古事記から文言が選ばれるかと思いましたが、万葉集からだったとは小さな驚きでした。そして嬉しくなりました。

 確かに万葉集を編集した人たちは当時の超エリートのはずですから漢籍のエキスパートでもあったわけです。その漢籍の素養が編集に影響があったことは当たり前です。

 フェニキアのアルファベットとギリシア・ラテン語の言葉が語源となって現代のヨーロッパの文化が出来上がっておりますが、かといって現代のフランスやドイツや英米がギリシアやフェニキアの属国とは思っていません。

 多くの文化圏では、その文化の精粋をきわめているのはその社会の上流権力者の独占物であることが多いのですが、万葉集もそして爛熟した江戸の文化も庶民が大きな役割を持っていました。 万葉集には天皇貴族と並んで防人として送られた庶民兵士や農民の歌が載せられています。漢字を使うことはあっても、万葉集は日本の文化そのものです。

洞雲山 江岩寺(臨済宗妙心寺派)

江岩寺は、愛知県小牧市北東部丘陵地帯の大山区に位置しており、緑豊かな自然環境のなか小牧市最高峰、標高約300mの天川山を背景にして静かに佇む山寺です。 山の中腹に大山寺塔跡、兒神社(ちごじんじゃ)不動堂、 そしていくつかの古墳、麓に江岩寺と薬師堂があり、 これらが連なる開析谷一帯は国の史蹟に指定されています。